雑記

地主はなぜ社会的地位が高いのか

投稿日:

経済的自由を達成するには、株などの動産を保有して、生活費以上にその配当なり分配金を得るか、土地・不動産を保有して地代・賃料を得るなどの方法があります。

これは個人的な感覚なのですが、いわゆる地主・土地持ちは、「地主様」という表現があるように、社会的地位が高いように思います。一方で、株だけで生活している専業投資家というのは、世間的には微妙な目で見られる場合があるのかと思います。という私も「株で儲けたら、会社辞めて専業投資家になる」と妻に言うと「世間に顔向けできないから辞めるのはやめてくれ」とよく言われます。(「よく」ということは、何回も「株で儲けて会社辞めたい」と言っているということです(笑))

ところが、もし私が先祖代々の地主で、親から相続した広大な土地があり、「俺、地主として生きていくわ」と言ったら、もしかしたら妻は許してくれるかもしれません。

よく考えたら、配当金・地代という違いがあるだけで、専業投資家・地主は両方ともやってることは同じです。資産をもって、資産で食っています。両方とも、不労所得で生活しています。でもなぜか、地主のほうが社会的地位が高いように感じます。

最近イギリスの歴史の本を読んでいるのですが、昔のイギリスも土地持ちは「ジェントリ」と言って社会的地位が高かったようです。ジェントリは地主なので働く必要がありません。つまり暇なので、ロンドンといった都会での消費活動に勤しみました。彼らジェントリの生活スタイルが、イギリスの文化を形作ったみたいです。正直、私もジェントリになりたい・・・(涙)

17世紀にもなると、イギリスでも株などの証券が出てきます。ところが、株を多く持つお金持ち、というのは地主と比較すると一段下に見られていたようです。やっぱり私の感覚と同様、同じ「不労所得」を得ているのに、地主(ジェントリ)のほうが社会的地位が高く、株を持つ人というのは何か「怪しいことでお金儲けした人」という変な人扱いだったみたいです。時代・場所が違っても、地主のほうが何故か「偉い」とされているみたいですね。

何故かな~と考えていたのですが、理由の一つに「人間の縄張り意識」というのがあるのかなと思います。原始時代から、人間は生きていくにはある程度の空間が必要です。飲み水・食べ物が豊かに得られる場所を占有した人が、豊かな暮らしが出来ました。そして多くの食料を得ることが出来た人が、より多くの子孫を残すことが出来ました。空間(縄張り)を独り占めする=生き残りやすい、ということだったのかと思います。

その意識は今に至るまで残っていて、「空間を占有する」ということ自体に、人間は「経済的便益以上の何らかの価値」を感じている可能性がある、と私は思っています。なので、株式をたくさん持つ人よりも、「土地」すなわち空間・縄張りをたくさん持つ地主のほうが、価値がある人と見做されるのではないかと思います。

そもそも債権や株といった資産は、先史時代にはおそらくなかったと思います。文字により経済活動が記録されてから、はじめて債務債権が生まれ、そこから派生して証券というものが誕生したと思います。株なんて17世紀のヨーロッパで発明された仕組みで、歴史的にはごく最近出来たものです。土地と違い、まだ人間は「債券・株=富の源泉」という連想を自然には出来ないのかな、と思います。

不動産REITと実物不動産にも同様のことが言えるかもしれません。「証券」であるREITよりも、空間を直接占有できる「実物不動産」のほうが、直観的に高い価値を見出すのかもしれません。最近のワンルームマンション投資案件をネットで見たのですが、ローンを加味してもなお、Reitのほうが利回り良い場合があります。利回りがいいなら、取引に流動性のあるReitのほうが投資対象として適していると思うのですが、実物不動産を選好する人が居るように思います。これも「空間を占有する」ことに価値を見出すからなのかな、と思います。とはいえ株・証券と違って実物不動産投資は「事業」ですし、REITと比べられるものではないのかもしれませんが・・・・・。

長々と書きましたが、結局言いたいことは「世間からDisられようが、俺は会社辞めて専業投資家になりてぇ!!」ということです(笑)







  • この記事を書いた人
スモーク

スモーク

新卒日本企業→豪州駐在→豪州企業転職→日本に帰り日本企業転職→外資系企業転職で今に至る。オーストラリアには7年在住。豪州株がポートフォリオの主力で総資産は1億円弱、年間受取配当金は税後で300万円。すでに経済的自由は達成も、まだまだ資産と配当金を伸ばしていきたいと考えている。

-雑記

Copyright© 株式投資で経済的自由 , 2018 All Rights Reserved.