雑記

たばこ産業がアメリカ独立の要因の一つだった

投稿日:2018年8月25日 更新日:

私は歴史や社会科学が好きでして、今回はたばこが歴史に与えた影響を記載したみたいと思います。

アメリカ合衆国と、カリブ海の英領西インド諸島はいずれもイギリスの植民地でした。アメリカは1774年にイギリスから独立しましたが、カリブ海域の植民地であるジャマイカ・ドミニカなどは20世紀になってやっと独立できました。ケイマン諸島などは未だにイギリスの海外領土です。

では18世紀に独立できたアメリカ植民地と、20世紀になってやっと独立できた英領西インド諸島の違いは何だったのか?多くの要因がありますが、その一つは稼ぎ頭である産業の違いがあります。アメリカ植民地の特産品は「たばこ」で、英領西インド諸島の特産品は「砂糖」だったのです。

イギリス人がアメリカの入植を始めたのは17世紀になってからです。入植当初は非常に厳しい生活を強いられ、アメリカ植民地における死亡率は非常に高かったようです。物資が無いので、ネイティブアメリカンと交易して必需品を手に入れる必要がありました。ただ、植民地の白人には、ネイティブアメリカンと交易しようにも、売るものがありませんでした・・・が、徐々にとある特産品を栽培し、それを主力の交易商品にしていきました。特産品とは「たばこ」です。

その後アメリカ植民地にはヴァージニア州・メリーランド州などに大規模なたばこ農場が開発され、18世紀になると世界的に最も競争力のあるたばこ産業が出来上がりました。当時たばこはイギリスのみならずヨーロッパ各地や世界で需要が伸びていました。アメリカ植民地のたばこ事業者としては、本国のイギリスに課税され不満が溜まっていました。単純にまとめると、たばこ事業者は「自分達がつくるたばこは競争力があるので世界中に売れる。わざわざイギリスを通して販売する必要はない。むしろイギリスは重税を掛けてくる。イギリスは不要だ!もう独立だ!」という思考回路でした。

たばこ以外の産業も同様で、イギリスに重税を掛けられるくらいなら、独立してしまえ!という声が大きくなりました。ボストン茶会事件を契機に独立戦争が起き、1774年に独立して成立したのがアメリカ合衆国です。

一方でイギリスのカリブ海植民地の特産品は砂糖でした。当時イギリスでは紅茶が流行しており、砂糖の需要も上がっていました。ところがカリブ海にはオランダやフランスも植民地を保有しており、そこでも砂糖が栽培されていました。次第にイギリス領の砂糖は競争力がなくなってきました。

当時イギリスは他国から輸入する砂糖に高関税をかけていました。一方植民地産の砂糖は関税などありませんでした。典型的な産業保護です。植民地産の砂糖はこのおかげでイギリスに販売することができました。つまり、英領西インド諸島の砂糖は、イギリス本国の保護があるからこそ利益が上がる仕組みになっていたのです。そうなると、英領西インド諸島の植民地としては、イギリスから独立するインセンティブが一切なかったのです。これ以外にも様々な要因があるのですが、アメリカのようにカリブ海植民地が18世紀に独立することはなく、結局20世紀半ばまでイギリスの植民地であり続けました。

まとめると、「植民地に世界的に競争力の高い製品があるかどうか」がアメリカとカリブ海の両植民地の運命が分かれたということです。歴史家によると、アメリカにあった競争力の高い「たばこ」が、イギリスからの独立の一つ要因になったのは間違いないようです。

その後アメリカで成立した株式市場において、たばこ企業であるフィリップモリスのリターンが非常に高かった、ということで、歴史というのは連綿と続いているのかもしれませんね。







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スモーク

スモーク

新卒日本企業→豪州駐在→豪州企業転職→日本に帰り日本企業転職→外資系企業転職で今に至る。オーストラリアには7年在住。豪州株がポートフォリオの主力で総資産は1億円弱、年間受取配当金は税後で300万円。すでに経済的自由は達成も、まだまだ資産と配当金を伸ばしていきたいと考えている。

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