日本経済について

日本社会が息苦しい理由

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今回も偏見に満ちた記事になります(笑)

日本社会になんとなく息苦しさを感じる人は多いと思います。生活のためにサラリーマンをしている人の多くは、息苦しいけどお金のために仕方なくサラリーマンを続けるしかない・・という人も居るでしょう。

今回は日本社会の息苦しさの理由について論じてみたいと思います。

日本は戦時体制

以前「日本は今でも戦時体制」という記事を書きました。現在の日本の経済体制は太平洋戦争時に形作られた体制がそのまま継続したものです。戦争継続のために、「個人の幸せは後回しにして、生産力の最大化を目指す」という政治経済体制が今になっても続いているという社会が日本という国の在り方です。日本人は何が何でも働いて、生産しないといけないという強迫観念がある社会のもとで生きているので、何かと疲弊しやすいのです。

日本の権力の在り方

ところで、生産力の拡大という(非公式の)国家目標を計画・管理・推進する中央機関というものは日本にはありません。日本の権力は政治家・官僚・業界団体・大企業などに網の目のように分散されています。日本のエリートは、「自分たちが何をし、何故そうするのか」を外部に向かって説明することが求められていません。「説明責任がない」というのが日本の管理者の特徴です。

さらに、各々の組織でも、決断主体・責任の帰属を明確化することを避け、「もちつもたれつ」の曖昧な関係を好む行動様式が作用して、結局無責任がまかり通ってしまいます。これが日本の大組織の在り方です。というわけで、結局誰がどう決めたのか良くわからないというのが日本の組織の特徴です。

日本の大企業で働いたことがある人は、判子がいくつもある稟議書の作成に携わった人が多いと思います。稟議書には、明らかに「これってレポートラインじゃないよね」という人のハンコも必要になったりします。私も経験しました。レポートラインにない偉い人の趣味につき合わされて資料作成が深夜に及ぶ・・・こういう嫌な経験を何度もしました。。。つまり、誰が責任者かを明確化しないという悪しき行動様式が詰まったのが日本の稟議書だと思います。偉い人の説明責任をなくすために、組織全体が疲弊する・・・これが日本の大企業あるあるかなと思います。

つまり、日本全体の管理者・重要な大組織の管理者も説明責任がないという、誰がどういう理由でどのように国を導くのかが良くわからない・・・こんな社会に私たちは生きています。

日本社会は政治化されている

日本では教育の時点で「偉い人の言うことに異論を唱えない」人材の育成が図られます。学校では、生徒一人ひとりの個人の自由や興味は認めません。進学のためには、テストで良い成績を取るだけでは駄目です。先生の心象を良くして、高い内申点を得る必要があります。つまり、日本の教育は「組織の偉い人を忖度できる優等生」の育成を目標としています。

優等生は大学卒業後にエリートとして官僚や大企業に入っていきます。日本のエリートは「偉い人を忖度する能力が高い」、つまり上からの要請に直ぐ応えることができる、従順な人達というわけです。共産圏の軍隊のような政治将校は不要です。全員が政治的に従順な人達で構成されているからです。よって「正論だが、組織の偉い人がなんとなく決めた目標とは相いれない主張をする人」はすぐに排除されてしまいます。カネを稼ぐ能力は無関係であり、聞き分けのよい優等生でないと組織に居場所はありません。

さらに日本の銀行では、融資の際に「カネを稼ぐ能力」ではなく、「どんな企業に勤めているか」という借り手の政治的立場に関心があります。大企業に属してさえいれば、すぐに住宅ローンなどの融資もおります。また、親戚からも「カネを稼ぐ能力」というより、「立派な企業に勤めている」という政治的立場が評価されます。

資本主義では、極論すればカネさえ稼げば、罪を犯さない限り自由に生きていけるという社会です。しかし、日本ではカネを稼ぐということは評価されません。日本では、生産力の最大化という国家目標を無理やり推進するため、お互いがお互いを監視しあうような形で、国全体がいわば政治化されています。国全体の歯車として、上からの期待に応えて優等生的に生きることが、周囲から評価されます。更に大企業に属していることそれ自体が評価されます。

このような有形無形の制度・圧力により、いかに理不尽で責任主体が不明な組織であろうと、反抗せず優等生的に一生懸命働かざるを得ない状況に追い込まれます。そうでないと組織から排除され社会の鼻つまみ者になってしまいます。

以上が日本社会で生きることが非常に息苦しくなっているひとつのメカニズムではないかと考えます。

ひとつの例が、携帯料金の値下げでしょう。今携帯電話会社が検討している、携帯料金の値下げはもともと菅官房長官による「携帯電話料金が高すぎる」というは発言が切っ掛けでした。しかし、携帯電話の行政を司るのは総務省です。にもかかわらず、何となく理屈なしに菅官房長官の言うことを聞いて携帯電話会社は値下げを検討しています。カネもうけが善とされる資本主義社会ではありえない状況です。さらに、責任の所在も曖昧です。偉い人の発言に対し、空気を読んで忖度した・・・その成れの果てが今回の値下げ検討ではないかと思います。

以上のように、日本では、明確なルールで統治されるのではなく、責任の所在が良くわからない空気感で物事が決まってしまいます。こういう社会では息苦しさを感じる人が多く居るというのも、当然といえるでしょう。







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スモーク

スモーク

新卒日本企業→豪州駐在→豪州企業転職→日本に帰り日本企業転職→外資系企業転職で今に至る。オーストラリアには7年在住。豪州株がポートフォリオの主力で総資産は1億円弱、年間受取配当金は税後で300万円。すでに経済的自由は達成も、まだまだ資産と配当金を伸ばしていきたいと考えている。

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