FIRE(Financially Independent Retire Early) 生き方

音楽家ロッシーニはアーリーリタイアをエンジョイした

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今回は、私が憧れる人生を歩んだ偉人について紹介したいと思います。

音楽家のロッシーニはご存知でしょうか?この人は「セビリアの理髪師」などを作曲した偉大な音楽家です。

我々日本人にとって有名な曲は「ウィリアム・テル序曲」ですね。

誰しも運動会で一度は聞いたことがある曲だと思います。

ロッシーニは偉大な音楽家なのですが、この人の人生はアーリーリタイアを目指す投資家にとって参考になります。世間からの期待など無視して、自分がやりたいことを割り切って突き進むというのが、幸せな人生だなあと思いました。

ロッシーニの生涯

ロッシーニは1792年にイタリアのペーザロというアドリア海沿い北部の街で生まれました。父親はホルン演奏者、母親は歌手であったようです。

その後ボローニャに移り、そこでピアノ・チェロ・ホルンを学び、また作曲も始めます。

若いときから才能を示しており、18歳のときには、自身で作曲したオペラがヴェネチアで演奏されています。21歳のときには、イタリアにおけるオペラ界のアイドルとして認知されます。24歳の時には有名なセビリアの理髪師を発表し、当代きってのオペラ作曲家としての地位を築きます。

ところが37歳で「ウィリアムテル」を作曲した後は、オペラ作曲をやめました。そして44歳になると音楽から引退し、年金生活に入ります。それまでの作曲活動で稼いだお金や、フランス国王からの年金などで、悠々自適のアーリーリタイアを達成しました。

アーリーリタイア後は、趣味の料理に没頭し、レストランの経営なども手掛けました。

結局当時としては長寿を全うし、76歳で生涯と閉じました。

死因は腸の癌だったようですが、おそらくぜいたくな食べ物を食べ続けたのが原因なのかなと思います。

ロッシーニは理想的なアーリーリタイア人生

以上のように、ロッシーニは凄まじい才能がありながら、44歳という年齢で音楽界を引退し、自分の好きなことだけをするようになりました。まさに理想的なアーリーリタイア人生だと思います。

ロッシーニのような当時の国王にも認められた大物が、スッパリ仕事を止めるのは今も昔も珍しいことだと思います。周囲からの慰留や、批判もあったでしょう。ロッシーニにとって作曲というのは「お金のため」の作業であり、一生の仕事ではなかったのでしょう。さらに周囲の評判もたいして気にしない性格だったのかなと思います。よって、音楽でお金を稼いだ後は「もういいや」と自分の趣味に生きたのだと思います。

いや~、この人はクラシック音楽家ですが、こういうロックな生き方には憧れますね!



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スモーク

スモーク

新卒日本企業→豪州駐在→豪州企業転職→日本に帰り日本企業転職→外資系企業転職で今に至る。オーストラリアには7年在住。豪州株がポートフォリオの主力で総資産は1億円弱、年間受取配当金は税後で300万円。すでに経済的自由は達成も、まだまだ資産と配当金を伸ばしていきたいと考えている。

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